「月刊ととろ」第145号 web版

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145a_12 2006年(平成18年)京都大学山中信弥教授・iPS細胞研究所所長が創製し、ノーベル医学・生理学賞を受賞した画期的な人工多能性幹細胞(iPS細胞、英: induced pluripotentstem cells)は、体細胞へ数種類の遺伝子を導入することにより初めて作られた。これまでにもES細胞(胚性幹細胞)と呼ばれる、非常に多くの細胞に分化できる分化万能性(pluripotency)と分裂増殖を経てもそれを維持できる自己複製能を有する、iPS細胞と同様の細胞は創出されていたが、ES細胞はその名の如く中絶した人胎児から取り出すため倫理的問題があったが、iPS細胞は自分の皮膚細胞や口腔粘膜細胞から作り出すため倫理的問題は無く、また自己の細胞であるため移植した場合の拒絶反応も原理的には無いという利点がある。従って現時点で治療法のない各種難病や先天性疾患、あるいは機能不全に陥った臓器(心臓、肺、肝、腎など)の再生や、あまつさえアルツハイマー病など老化性疾患に対する夢の治療法として医学界のみならず創薬業界、産業界からも大きな注目を浴びている。
 秦の始皇帝を始め多くの権力者が切望し果たせなかった不老不死、永遠の若さを保持できる方法として熱い期待を寄せる人もいる。しかし本当にiPS療法は世間が期待するような夢の治療法なのであろうか?万能の妙法なのであろうか?残念ながら少なくとも現状では、答えは否である。
 iPS細胞移植療法の問題点は大きく5つある。最大の問題点は癌化の危険性である。前述した如くiPS細胞は無限の自己増殖能があり、これは癌と同じ性質である。生体に移植した後に、その移植片が生体のコントロール下に組み込まれ増殖能を停止すると誰が確約できるのであろうか?iPS細胞療法の臨床応用第1号が加齢黄斑変性症という眼(網膜)の病気であったのは、網膜は検眼鏡検査で直接移植した網膜部を観察でき、万が一癌化した場合はすぐに検知できレーザーで癌細胞を焼灼できるからである。
 第2にこの細胞は文字通り多機能に分化するので目的とする細胞群だけを分化させるのはなかなか難しく、著しく効率が悪く、もともとiPS細胞作製は高額の費用がかかるが、更に多額の費用を要し費用対効果が著しく悪い。
 第3にこうした癌化、作成効率の悪さを乗り越え目的の細胞を作成しえたとしても、その移植細胞片が生体内で生存するためには様々の生存因子(GDNFなどの多種のアミノ酸、蛋白質などの化学物質)が必要であり、それらの物質をいかに供給するかも大問題である。それらが十分に供給されない限り折角高額の費用と時間を費やして作成し移植した細胞群も死滅してしまうのである。
 第4に、第3の問題点にも関連するが、移植した細胞群は近接した別の細胞群とネットワークを形成することによって初めてその機能を発揮できるのであるが、そのネットワーク形成能力が乏しいという弱点がある。
 第5に臨床応用が最も直近に可能であるように喧伝されている神経難病であるパーキンソン病であるが、これは原因不明でαシヌクレインという異常物質が種々の部位のドパミン脳細胞に蓄積しやがて死滅させていく病気であるが、前述したES細胞から作成したドパミン細胞を移植した患者の死後脳を検索したところ本来αシヌクレインの存在しない移植細胞にもその存在が認められたというトピックスが最近報告された。即ち何らかの因子により正常細胞にパーキンソン病理が伝播されたのである。パーキンソン病に限らずこのような原因病理が正常脳に伝播する事は他の疾病でも実証されている。即ち苦労してせっかく作成した組織も同じ病に侵されていく可能性があり移植する意味が無くなる場合が結構あると思われるのである。
 以上述べた困難、問題点を克服し実際に臨床応用できるようになるまでにはまだまだ相当の年月が必要であることは容易に想像できるから、ここ数年で実際に臨床の場で使えるようになるとは思わない方が無難である。iPS細胞移植療法を心待ちにしている方々には冷や水を浴びせかけるようで心苦しいが新技術を応用可能のレベルまで持っていくのにはそれだけの時間と労力が必要であるということを冷静に認識していただければ幸いである。それまでの間は医療従事者と患者は手を携え、地道にこれまでに有効性が立証されている各種治療法、生活習慣の改善を実践していくことが大切なのである。

副院長 : 尾田 宣仁
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 脳内の言語領域の病変により一旦獲得された言語機能が障害されたものを失語症と呼びます。一般に失語症は、「聞く」「話す」「読む」「書く」の全ての言語モダリティが障害されます。
 
145b_13 人間の大脳の左右半球間には機能に差があるとされ、言語に関しては左半球が司っているとされています。そのため、一般的には右利きの98%、非右利きの68%で左半球損傷により失語症が生じるとされています。
 失語症の症状は多様であり、障害された部位により様々な症状が認められます。症状ごとにタイプ分類したものを古典的失語分類と呼ばれます。古典的失語分類は失語症を①発話の流暢性(滑らかにしゃべれるか)、②聴覚的理解、③復唱の3側面の障害の程度により8つのタイプに分類しています。

① ブローカ失語
発話は非流暢であり、発話量自体も減少します。復唱も障害されますが、聴理解は発話に比べると比較的良好です。

②ウェルニッケ失語
発話は流暢であるが、「みかん」→「りんご」、「ボタン」→「ボバン」のように音や語の選択の障害がみられます。聴覚的理解障害、復唱障害も目立ちます。

③全失語
言語の表出と理解ならびに復唱がいずれも重度に障害された状態です。

④失名詞失語(健忘失語)
言おうとすることばが中々出ない時がありますが、発話自体は流暢であり聴理解や復唱も良好です。

⑤伝導失語
発話は流暢であるが、「ボタン」→「ボバン」のように音の選択を誤ってしまう症状が目立ちます。また、復唱障害も認められますが、聴理解は比較的良好です。

⑥超皮質性運動失語
著しく発話の自発性が低下します。聴理解は比較的良好であり、復唱も良好です。

⑦超皮質性感覚失語
発話は流暢ですが、「みかん」→「りんご」のように語の選択の障害が目立ちます。聴理解障害も強いですが、復唱は保たれています。

⑧超皮質性混合失語
復唱以外の全ての言語機能が重度に障害された状態です。

 失語症の予後に関しては、原因疾患や病巣の部位の大きさ、重症度などにより変わってくるので、臨床ではそれらを考慮して訓練や援助などにより変わってくるので、臨床ではそれらを考慮して訓練や援助の方針を決定していきます。

リハビリテーション科 言語聴覚士: 渡邉 大介

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145b_07「はい。○○病院救急です。」
『こちら○○救急隊です。患者さんの受け入れをお願いします。21歳男性、JCS300・・・』
 救急隊は既に病院の前に到着し、そこからのホットラインをかけていました。通常こんな例はなく、医師に受け入れ許可を確認する間もなく、5年目の私は戸惑いました。搬送されてきた患者は21歳男性、Hさん、職業は消防士でした。訓練中の50m走のゴール直後に意識を失ったとのことでした。病名は「くも膜下出血」。生存確率は30%程度の疾患です。緊急手術の後に幸い一命はとりとめましたが、気管切開後しばらくの間は人工呼吸器管理でした。徐々に意識を取り戻した患者は筆談も可能となりコミュニケーションが可能な状態まで回復しました。若い患者だからという理由で患者を差別化するつもりはなかったはずですが、Hさんと同年代が多かった病棟スタッフは自分たちと重ねてしまう事が多く、なんとか社会復帰を目指せるように、医師、他部門と連携しスタッフ総出で早期のリハビリ開始とベッドサイドでの看護師リハ・離床を勧めました。
 離床を始めた当初、患者は苦痛が多く笑顔も少なく、「左側あんまり動かねーし、もう現場には戻れないし、事務方で頑張りますよ・・・」と苦笑交じりに話していました。今思えば本来患者に対しての、正しい接し方ではなかったのかもしれませんが、友人のように接し、悩み聞き、趣味を話し、これからの夢を話し・・・大声で笑い、そんな風に関わっていきました。スピーチカニューレから気管カニューレも抜去となり長期の入院生活にも慣れてきた頃でした。まだ左半身の不全麻痺が残る患者をリハビリに迎えに行くと、「看護師さん、俺さ・・・しばらくは裏方で頑張って、リハビリ頑張ってうまくいったら、もう一回現場戻ってさ、レスキューまで行ってみたいな・・・」と話してくれました。まだ若い私は思わず肩を組んでいました。その後患者は順調に回復し軽度の麻痺は残存しましたが、通院リハビリ可能となり退院となりました。
 それから、1年ぐらい経った頃でしょうか、その日の救急外来の担当だった私が搬送されてきた患者の処置をしている時でした。『こんにちは、ご苦労様です』と後ろから声を掛けられ、振り向くと、一人の消防士が笑顔でたっていました。小柄ながらヘルメットがよく似合う、救急隊でした。まだオレンジは来ていませんでしたが、「もう一回が実現したね。オレンジ受けるの?」(オレンジ=レスキュー隊)と小声で聞くと『はい、頑張ってみます』と彼も小声でそしてニコニコと答えてくれました。
 回復力は患者自身の若さ、体力もあったのでしょう。しかし精神的に落ち込んでいる患者に対し、一人で傍観せずにスタッフが一丸となって関わる事でケア出来た事は私にとっては、今でもモチベーション向上時の礎となっています。その頃チームとして何かを成し遂げたいなど考えたこともなく、ただ必死に患者に、病気に接していた事を、この記事を書く事で思い出させてくれました。経験は必要ですが経験値は面倒くさがりになってしまいます。私も「もう一回」あの頃のように日々の看護に取り組んで行こうと思いました。

第1病棟 副看護師長 : 小野寺 純

 

新任者自己紹介

 1月から調理師として働くことになりましたとになりました鈴木まり子と申します。先輩方のご指導を受けながら、早く仕事を覚えられるように努力します。いわき病院の美味しい食事を私も作れるように頑張りますので、宜しくお願い致します。
 趣味は、陶芸、編み物、パッチワークです。

調理師 鈴木 まり子

 

 1月より看護師として入職しました茂木です。
 いわき病院は、准看護学校の時に実習させて頂き、その看護に興味を持ちました。 知識・経験が足りず迷惑をかけてしまうことが多々ありますが、諸先輩方が丁寧に御指導してくださり、日々頑張ることが出来ています。常に初心、学ぶ姿勢を忘れずに看護師として成長していきたいと思います。
 よろしくお願い致します。

はまなす病棟 看護師 茂木 良介

 

 1月よりはまぎく病棟へ配属になりました鈴木孝昌です。
 看護師になり今年で14年目になりますが、重症心身障害児(者)病棟では日々新しい発見があり、またそれにすぐさま順応できない自分に看護師としての未熟さを痛感しております。スタッフの皆様に支えていただきながら、患者様のために精一杯頑張ってまいります。「いつも笑顔のやさしい看護師さん」を生涯崩さないことが自分の目標です。 慣れない中、皆様にはご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いいたします。

はまぎく病棟 看護師 鈴木 孝昌
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 左図の解剖学的用語は無視してください。知っていただきたいことは、私達が何か運動をしようと意図するときは過去の記憶、外界の感覚情報を全て運動に関連する前頭葉と言う脳に集め、その場の状況に最も合致した適切な運動を、最少のエネルギー消費で行うための計画を立て、その決定を運動野と言う場所に伝え実際の運動を遂行し、途中でこれで良いのかをチェックしつつ微細な調整をし、目的を達してから終了する事を表しております。

 
 

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